GUIのメンタルモデルと小さな混乱
■“勝手に”変化した(と感じた)MacintoshのGUI
何度もいろんなところで書いたが、筆者はMacintoshのGUIにまったく馴染めなかった(だからこれからも使わないと思う)。有名なところでは、フロッピーディスクの取り出しが不可解だった。フロッピーディスクをゴミ箱に入れるのが、なぜイジェクトなのか。
それよりもっとわかりにくいのは突然メニュー構造が変わってしまうことだった。画面左上のアップルメニューは常に同じ表示だが、その他のメニューは知らないうちに変化する。もちろん、知らないのは自分だけで、無意識にメニューを変化させる作業をしているのは自分である。
確か月刊アスキーだと思う。記事を読んでやっと理解できた。MacOSのデスクトップは、Windowsでいう個々のMDI(マルチドキュメントインターフェース)アプリケーションが全体を覆っているのだ。
背景が変化しないので気付かなかったが、Macintoshのアプリケーションは常に全画面を占有する。そのため、現在起動中のアプリケーションのメニューが常に表示される。ただし、アップルメニューはアプリケーションに依存しないので、常に同じ項目が表示される。
知らないうちに変わっていると思ったのは、ドキュメントをダブルクリックしたからだ。ドキュメントをダブルクリックするとそのドキュメントを扱うアプリケーションが起動するが、既に起動している場合は、そのアプリケーションに切り替わる。これが、メニューが「勝手に」変化した原因だった。
わかってしまえば簡単なことだ。アプリケーションを明示的に切り替えるためのメニューも発見できた。
最近はMDIのアプリケーションが減ってきたので、知らない人もいるかもしれない。例えば、Microsoft Office製品は、1つのアプリケーションウィンドウの中に複数のアプリケーションウィンドウを開ける(下画面図参照)。これがMDIだ。対応するのは「SDI(シングルドキュメントインターフェース)」で、メモ帳のように複数ドキュメントを開くと別のウィンドウが開く。
初期のMacintoshは、タスクの同時実行という概念がなく、切り替え機能しかなかったため、このような形式になったのだろう。ExcelがMDIなのも、Macintosh用として設計されたからだと想像する。若い人は知らないだろうが、Excelはアップルの新製品Macintoshの目玉アプリケーションとして、アップル自らマイクロソフトに開発を依頼した製品である。Excelは非常に優れたソフトで、初期のMacintoshのシェア拡大に大きく貢献した(Windowsはまだ登場していなかった)。後に、マイクロソフトがWindowsに注力するようになってからはWindows版がオリジナルとなり、現在は別々にメンテナンスされているという話だ。
■メンタルモデルは人によって違う
人間が機械の動作を理解するときは、頭の中に抽象的な「モデル」を作る。これを「メンタルモデル」という。メンタルモデルを構築しやすい製品は理解が容易でかんたんに使える。
例えば、自動車の始動キーは完全に電子化されているが、ほとんどの車種で以前と同じキーを使っている。大幅に変えると、せっかく構築されたメンタルモデルが崩れるからだ。現在は押しボタン式のキーもあるが、どうも運転を始める感じになれないのは筆者だけではないだろう(少なくとも中年以上の世代にかぎれば)。
ただし、似せてはいても同じではないから混乱も起きる。
「ファイル名は、書類に付けられた名前のようなものです」
ごく普通の表現だが、これを聞いて、同じフォルダにある複数のファイルに同じ名前を付けようとする人が結構な割合でいるらしい。
「だって、1つの書類フォルダに同じ名前のファイルなんていくらでもありますよ」
というのが利用者の言い分だ。名前だけでは分からないので中をちょっと覗くのだという。
■机の上に“窓”はない。たとえの難しさ
GUIを使いこなすのは非常に難しいため、たとえ話が多い。しかし、たとえはあくまでもたとえであって、本物ではない。
MacintoshやWindowsでは「デスクトップメタファー」と呼ばれる「たとえ」を使う。机の上にフォルダがあって、そこにファイルがあるという具合だ。しかし、デスクトップの割に背景は「壁紙」だし、ファイルを開くと「ウィンドウ(窓)」になる。確かに窓があるのは壁だが、机の上に窓があったらおかしいだろう。現在のWindowsでは「壁紙」ではなく「背景」と呼ぶのはそのせいかもしれない。
たとえなしにコンピュータの使い方を説明するのは難しいが、たとえに頼りすぎると誤ったイメージを持たれてしまう。難しいものである。