スライドで見る 記録メディアの歴史
小型化、軽量化、高密度化、低価格化…飛躍的な進化を振り返る
オーディオカセット
パーソナルコンピュータの記録装置は、オーディオ用のコンパクトカセットテープ(カセットテープ)から始まった。カセットテープはアナログオーディオの記録媒体なので、デジタルデータをアナログ音に変換(変調)して記録した。カセットテープを開発したフィリップ社(オランダ)は、のちに「CD(Compact Disk)」の規格制定の中心会社となる。
ホビイストらが決めた最初の標準は、1975年に米カンサス市のシンポジウムで制定された「カンサスシティスタンダード」である。速度は300bpsと、当時としても低速な入出力装置ではあったが、きわめて安価だったので広く使われた。NECの8ビットパソコン「PC-8001」で使われていた規格は、カンサスシティスタンダードの変形で600bpsだった(その後、PC-8801では1,200bpsになる)。
シャープの「MZ」シリーズは、起動時に毎回カセットテープからシステムを起動する必要があるため、特に高速化に熱心だった。最終的に2,700bpsの速度が実現されたが、アナログ記録のためデータの読み書きが不安定であること、ランダムアクセス性に劣ることから主役の座を5インチフロッピーディスクに明け渡すことになった。
写真は通常のオーディオカセットだが、1980年代には「データ用」と称して10分や15分といった短い録音時間のテープも販売されていた。単純に計算すると、10分×60秒×1,200bps=720,000ビットとなる。伝送同期のためのオーバヘッドを考慮すると、10分テープはおよそ70KB程度と思われる。
(横山哲也/グローバルナレッジネットワーク)

8インチフロッピーディスク
1970年、IBMは8インチの磁気ディスクを使った記憶装置を開発した。容量は128KBで、当初はパンチカード(ホレリスカード)の代わりに大型コンピュータへのデータ入力用メディアとして利用された。筆者は「オフラインフロッピー端末」というものを使ったことがある。キーボードとディスプレイ、そしてフロッピーディスクドライブが装備されており、データ入力のみができた。作成したフロッピーディスクはオペレータに依頼して、コンピュータシステムに読み込んでもらった。
当時一般的だったディスク盤はアルミ合金だったのに対して、小型軽量化のためにプラスチックフィルムを使ったため「floppy(だらりと垂れた、ばたばたする)」と名付けられた。これに伴い、従来のディスクは「ハードディスク」と呼ばれるようになった。IBM自身は「フロッピー」ではなく「ディスケット(Diskette)」(etは「小さい」の接尾辞)と呼んでいる。
PCでも広く使われ、8ビットPC用のオペレーティングシステム「CP/M」では256KB容量の規格(片面単密度)が標準でサポートされた。のちに1.2MB(両面倍密度)まで拡張されるが、高価であり(PCに限れば)広く使われるには至らなかった。
8インチフロッピーディスクは記録面がむき出しのため、素手で触ってしまうことで読み取りエラーを起こすことが多かった。また、ライトプロテクトはディスクジャケットに切り欠きを作るために専用工具が必要だったが(切り欠きを作ることでプロテクトするのはカセットテープと同じ考え方)、切り欠きツールは一般的ではなかった。
![5インチ(5.25インチ)フロッピーディスク[その1] 5インチ(5.25インチ)フロッピーディスク[その1]](http://www.computerworld.jp/sites/default/files/1228_media_03_0.jpg?1324548897)
5インチ(5.25インチ)フロッピーディスク[その1]
5インチ(5.25インチ)フロッピーディスクは、1976年に米シュガートアソシエイツから発表された。1978年にApple IIに採用されてからPCを中心に広く普及した。国産8ビットパソコンでは320KBフォーマット(両面倍密度、通称「2D」)が広く使われたが、その後、640KBフォーマット(両面倍密度バイトラック、通称「2DD」)が登場した。ただし、IBM PCは同じ物理メディアを720KBで使ったため、国産PCも720KBをサポートするものが増えた。
最終的に5インチフロッピーディスクは1.2MB(NEC PC-9801シリーズを中心とした国産機)または1.44MB(IBM PC/ATと互換性を考慮したPC)まで記録密度が向上する。両者は物理的には同じメディアを使い、「2HC」または「2HD」と呼ばれた。ただし、2DDの640/720KBと異なり1.2/1.44MBはドライブの仕様が異なる。そのため2DDに加え、2HCの2つのフォーマットを含んだ「3モードドライブ」が登場した。
![5インチ(5.25インチ)フロッピーディスク[その2] 5インチ(5.25インチ)フロッピーディスク[その2]](http://www.computerworld.jp/sites/default/files/1228_media_04_0.jpg?1324548914)
5インチ(5.25インチ)フロッピーディスク[その2]
8インチと異なり、ライトプロテクトは銀色のシールを貼ることで行う。シールは簡単にはがせるので容易に再利用できたが、シールそのものを再利用するのは難しかった。
8インチフロッピーディスクと同様の形態なので、記録面を触ってしまう事故は耐えなかった。また、ディスクをドライブに完全に挿入せずにロックすると、ディスク中心部の穴(ディスクホール)を痛めてしまうこともあった。ディスクホールの補強を行った製品もあった(写真)が、それほど大きな効果はなかった。
さらに、完全に正方形なので表裏や前後を間違えて挿入することもできた。もちろん正常に動作しないが、いちいち入れ換えるのはちょっとしたイライラの原因にもなった。なお、対照形という性質を利用して、Apple IIでは片面用ディスクを裏返して使うというテクニックが一部で使われた。
![3.5インチフロッピーディスク[その1] 3.5インチフロッピーディスク[その1]](http://www.computerworld.jp/sites/default/files/1228_media_05_0.jpg?1324548957)
3.5インチフロッピーディスク[その1]
3.5インチフロッピーディスクは、1980年にソニーによって開発された。最初は英文ワープロの外部記録媒体として採用され、続いてソニーの8ビットPCである「SMC-70」(1982年)に搭載されている(広く売れた「SMC-777」の原型)。
記録フォーマットは5インチフロッピーディスクを踏襲しており、320/360KBの2DDまたは1.2MB/1.44MBの2HD(2HC)が広く使われたため、容量的な優位性はない。2EDと呼ばれる2.88MBのフォーマットも提案されたが普及しなかった。
![3.5インチフロッピーディスク[その2] 3.5インチフロッピーディスク[その2]](http://www.computerworld.jp/sites/default/files/1228_media_06_0.jpg?1324548976)
3.5インチフロッピーディスク[その2]
3.5インチフロッピーディスクが、5インチに対して優位な点は以下のとおりである。
・小型化…対角線長がコンパクトカセットテープとほぼ同じ
・操作性の向上…スライド可能な書き込み禁止用爪が追加され、シールが不要
・誤操作の防止…上下左右が非対称で、誤った方向だとドライブへの挿入すらできない
・ジャケットの強化…ジャケット材質をプラスチックにすることで、折り曲げ事故を防止。ジャケットに厚みがあるため、外部磁気の影響も多少は受けにくくなった。
・記録面の保護…自動開閉シャッターにより記録面を保護。ただし、初期のディスクには自動シャッター開閉に必要な切り書きとスプリングが搭載されていなかった
筆者はSMC-70の製品発表会のあと、ソニーの技術者の方と話し込んでいたら、記念にディスクを1枚いただいた。もちろん、自動開閉シャッター機能は付いていない。残念ながら、そのディスクは友人にあげてしまって手もとにはない。

フロッピーディスクのサイズ比較
8インチ、5インチ、3.5インチの各フロッピーディスクを重ねてみた。大きさは違うが、容量はほとんど同じである。扱いやすい3.5インチフロッピーディスクが普及したのは当然だろう。

MO(5インチ/3.5インチ)
3.5インチフロッピーディスクはだれにでも扱いやすく、メディアおよびドライブ単価が下がるとともにPC用外部記憶装置の主流となった。しかし、取り扱うデータ量が増大し、フロッピーディスクでは収まりきれなくなってきた。
1988年に発表されたMO(光磁気ディスク)は、高温状態で磁化した状態が、低温状態で恒常的に維持される性質を利用した外部記憶媒体である。5インチ規格と3.5インチ規格があり、いずれも3.5インチフロッピーディスクと似た形状をしている。
当初、5インチMOは640MBであり、裏返すことで両面使うことができた。その後、1.2GBの容量が規格化され、2000年には9.1GBの製品も登場している。筆者はソニーのUNIXワークステーション「NEWS」とセットで購入した5インチMOを使ったことがある。
3.5インチ規格が登場してからは、PCでも広く使われるようになった。3.5インチMOは、128MBからスタートし、230MB、540MB、640MB、1.3GB、2.3GBと容量を増やしていった。GBクラスの容量を持つものは、特に「GIGAMO(ギガモ)」と呼ばれる。
MOは、ドライブもメディアも比較的安価であったが、世界的にはあまり普及しなかった。すでに多くのベンダーがドライブやメディアの供給を停止しているため、将来性はあまりない。
1995年、松下電器産業(当時)は、熱による相変化を利用した「PD(Phase-change DualまたはPhase-change Disk)」を開発した。PDは記録媒体の分子が規則正しく並んだ結晶構造か、不規則なアモルファスかを区別することでデータを記録する。PDメディアの外観はMOと非常に似ており、当時は容量的にもほぼ同じだった。PDの技術を元に開発されたのがDVD-RAMであるが、PD/DVD-RAMのいずれも記録媒体の主流にはならなかった。

DDS(デジタルデータストレージ)
DDSは、デジタルオーディオテープ(DAT)をコンピュータデータ記録用に応用した製品で、1989年にソニーとHewlett-Packard(HP)が規格を定義した。最初の規格であるDDS-1では、60m長のテープに非圧縮1.3GB、圧縮時2.6GBの記録が行えた。
その後の規格(DDS-2からDDS-3、DAT 72/DAT 160/DAT 320)ではデータ密度とテープの最大長の両方を増やすことで、記録可能なデータ量を増大させている(DAT 160からはテープ幅も増加)。DAT 320の記憶容量は、非圧縮時160GB/圧縮時320GBである。
DDSに限らず、テープドライブは機械的に複雑な構造をしており、他のコンピュータ機器に比べて値下がり幅が少ない。そのため、個人用途で使われることはほとんどない。

DLT(デジタルリニアテープ)
ディジタルイクイップメント(DEC)によって開発されたTK-50(最大容量95MB)を発展させたカートリッジテープの規格。カートリッジにはテープを巻き取ったリールが1つしかなく、ドライブ側に装備されたリールに巻き取りながら使う。
当初は非常に低速で「TK-50のTKは“Time Killer”(時間をむだに使わせる)」と揶揄されたが、ストレージ事業部門をクァンタム社に売却するころから性能が大きく向上し、広く使われるようになった。DECとのしがらみがなくなることで、DECの競合企業も採用しやすくなったという側面もある。最新の製品は220GBの容量を持つ。
DLTはDDS以上に高価であり、個人用途で使われることはまずない。

光学ディスク
フィリップスおよびソニーによって、オーディオ用に開発されたCD(コンパクトディスク)は、当初からデータ利用も考慮されていた。これが読み取り専用データディスク「CD-ROM」である。当初、記憶容量は540MB程度とされていたが、現在ではディスク製造技術の発達で、650MBから700MB程度が記録可能である。
CD-ROMはアルミ蒸着膜の凹凸を使うため、量産には向くが個人用に作成することは事実上不可能である。そこで、金属薄膜に塗布された有機色素を使う方法が考案された。これが「CD-R」である。CD-Rは、レーザー光で盤面の有機色素の一部を焼き切ることでデータを記録する。これが「CDを焼く(英語では「burn」、燃やす)」という言葉の由来となった。焼き切った色素を復元することはできないので、再書き込みはできない。
再書き込みを実現するために、記録材質の結晶構造を変化させる(相変化)方法を採用したのが「CD-RW」である。
容量を増大させるために、CDではなくDVDをベースにしたのが「DVD-ROM」や「DVD-R」「DVD-RW」である。書き換え可能なDVD規格は多数あるが、いずれもDVD-ROMとの互換性を考慮しており、メディアの物理的な形状はまったく同じである。
レーベル面はポリカーボネートの保護層がむき出しの場合と、印刷可能な加工がしてある場合がある。記録面は、光の干渉のため虹色に光る。

パンチカード
米国の発明家、ハーマン・ホレリスが統計処理用に考案した紙カードが「ホレリスカード」で、1890年の米国国勢調査から使用されるようになった。当時コンピュータは存在せず、単にデータを集計することだけが目的だった。1880年の米国国勢調査は集計に9年かかった。米国の国勢調査は10年に1回なので、ぎりぎり次の調査に間に合った格好である。しかし、ホレリスカードの利用により、1890年の調査は2年で集計が完了したという。
ホレリスが1911年に設立した会社「タビュレーティングマシン社」は、タイムレコーダ(出退勤記録装置)を扱う「ザ・インターナショナル・タイム・レコーディング・カンパニー・オブ・ニューヨーク」と、計量器を扱う「コンピューティング・スケール・カンパニー・オブ・アメリカ」と合併し、「ザ・コンピューター・タビュレーティング・レコーディング・カンパニー(C-T-R)」となった。これが、のちのIBMである。ホレリスカードはIBM社製のコンピュータに引き継がれ、重要な入力装置となった。
ホレリスカードは、別名「パンチカード」と呼ばれ、タイプライター状の穿孔機を使って文字コードに応じた穴を空けていく(パンチする)。再後期に使われたホレリスカードは80けたなので、1枚80バイトである。
一般的なプログラムは、短くても数十行、長いと数万行を超える。そのためカードをまとめて保存するアタッシュケースのようなカバンが販売されていた。カードはまとめて「カードデッキ」と呼ばれる読み取り装置にセットして読み取るのだが、計算機センターでは手が滑ってカードをぶちまける姿が散見された。最初から打ち直すのが早いか、並べ直すのが早いかは悩むところであった。
パンチカードの代わりに8インチフロッピーディスクに磁気的に記録するようにしたのが前述の「オフラインフロッピー端末」である。

PCMCIA/PCカード
PCカードは、パソコン用の小型カード型汎用インタフェースで、日米の業界団体による統一規格である。主にノートPCで利用され、本格的なプラグ&プレイ、ホットスワップを初めて実現したI/O規格である。
もともとは、日本電子工業振興協会(JEIDA)が電子手帳などのために規格化していたが、米国で似たような規格を規定するための業界団体「PCMCIA(Personal Computer Memory Card International Association)」が設立されたのを受け、1990年にJEIDAの呼びかけで共同作業が開始された。その結果できたのが「PCMCIA Standard」である。米国PCMCIAによる規格が先行したため当初は「PCMCIAカード」と呼ばれたが、1993年にJEIDA規格の統一呼称として「PCカード」が制定されたため、その後は「PCカード」に統一された。
PCカードの規格を使ったバッテリバックアップ式のメモリもあったが、あまり一般的ではなかった(筆者は富士通の携帯情報機器「OASYS Pocket」用に1MBのメモリーカードを持っていた)。外部記録メディアとして使われたのは、PCカードを小型化したコンパクトフラッシュができてからだ。

コンパクトフラッシュ(CF)
コンパクトフラッシュは1994年に米国サンディスクによって開発された。「コンパクトフラッシュ」という名称はサンディスクの商標なので、ほかのメーカーは「CFカード」や「CF」といった名称を用いることが多い。
コンパクトフラッシュはPCカードを小型化した規格なので、汎用インタフェースとして使用できる。実に携帯情報機器用のモデムカードなども存在したが、フラッシュメモリを内蔵した外部記憶装置として利用されることが最も多い。
42.8mm×36.4mm×3.3mmのTypeIと、少し厚い5mmのTypeIIが存在するが、いずれも外部記憶メディアとしては大型である。高速で大容量な記憶装置を実現しやすいため、現在でもデジタル一眼レフカメラのハイエンド機で採用されることがある。最大容量は128GBのものが商品化されているが、原理的にはさらに大容量を実現できる。超小型のハードディスクを内蔵した「マイクロドライブ」という製品もある。

スマートメディア
スマートメディアは1995年に、東芝、オリンパス、富士写真フイルム(当時)、東京エレクトロン、セガの5社で結成したSSFDCフォーラムによって規格策定された外部メディア規格で、コンパクトデジカメを中心に広く使われた。45.0mm×37.0mmと、サイズはコンパクトフラッシュよりわずかに大きい程度だが、厚さは0.76mmと圧倒的に薄い。
正式名称は「Solid State Floppy Disk Card」で、「スマートメディア」は愛称である(商標登録は「SmartMedia」)。実際にフロッピーディスクの代替も狙っていたようで、3.5インチフロッピーディスクにセットすることで、フロッピーディスクドライブから読み書きできるアダプタも発売されていた。ただし、汎用I/Oとしての機能は用意されていない。
データ容量は当初4MBが最大だったが、その後128MBまで拡張された。フォーマットの違いや電気特性の違い(5Vか3.3Vか)があるため、初期の製品は4MBを超えるスマートメディアが使えない場合もある。
コンパクトフラッシュにはなかったライトプロテクト機能があり、付属のプロテクトシールを貼り付けることで、書き込みができなくなる。しかし、たいていの人はこのシールを紛失する。5インチフロッピーディスク時代は、10枚ごとにまとめ買いするとシールが20枚くらいついてきたのだが、スマートメディアはまとめ買いすることが少なく、付属シールの数も少なかったためだろう。
写真は筆者がミノルタ(当時)のフィルムカメラ「α7」の撮影データを保存するための装置で使っているカードである。このようにPC以外でも広く使われた。

SDカード
SDカードは1999年に、スマートメディアの主力企業だった東芝と、コンパクトフラッシュ大手のサンディスクは、著作権保護機能を提唱した松下電器産業(当時)と組んでSDメモリーカードを開発した。公式には、SDは何かの略称ではないとされるが「Secure Digital」の略という説もある。
SDカードのサイズは、24mm×32mm×2.1mmである。厚みこそスマートメディアの2倍以上あるが、それ以外は小型化している。書き込み禁止用の爪も内蔵され、シールは不要になった。ちょうど3.5インチフロッピーディスクと似た形態である。
SDカードの原型となったのはマルチメディアカード(MMC)である。SDカードはMMCカードと物理的/電気的互換性があるため(MMCの方が少し薄い)、現在のSDカードドライブでもMMCを読み書きできることが多い。
最大記憶容量は2GBで、これはファイルシステムとして採用されたFAT16の制限である。ただし、2006年にはSDカードと互換性を持つSDHC(SD High Capacity)カードが登場し、最大容量はFAT32の制限である32GBとなった。また2009年にはexFATを採用したSDXC(SD Extended Capacity)カードが登場し、規格上の最大容量は2TBとなった。なお、exFATを扱えるOSはWindows Vista SP1以降やMacOS X 10.6.5以降など、ある程度限定される。
携帯電話などの小型機器用に、物理サイズのみを変更したminiSDカードやmicroSDカードもある。いずれもアダプタを使うことでSDカードとして使える。

xDピクチャーカード
xDピクチャーカードは、2002年に、富士フイルムとオリンパスによって発表された。主に両社のデジカメを中心に使われたが、スマートメディアとは互換性がない。厚さは増えたものの、スマートメディアよりも小型で(20.0mm×25.0mm×1.7mm)、書き込み防止用の爪を持つ。
SDカードよりもずっと小型であること、I/O機能や著作権機能を省くことで、SDカードよりも割安になる予定だったことから普及が期待されたが、実際には採用された製品が少なく、高価なままに終わった。
現在は富士フイルムもオリンパスもSDカード(SDHCカード)を中心に展開しており、xDピクチャーカードの役割は終わったと考えられる。
筆者は長く富士フイルムのコンパクトデジカメを使っていたため、xDピクチャーカードには馴染みがあるが、知らない人も多いかもしれない。

メモリースティック
メモリースティックは、1997年にソニーから発表された規格で、当初はスマートメディアの代替を狙っていたため、最大容量は4MBであった。のちに128MBまで増加する。256MB以上に対応したのが「メモリースティックPRO」で、32GBまで対応する。
「メモリースティック」「メモリースティックPRO」を小型化したのが「メモリースティックDuo」「メモリースティックPRO Duo」で、現在でも使われている形状である。
メモリースティックDuoは、高速化と容量拡張が進められている。メモリースティックPRO Duoの高速版が「メモリースティックPRO-HG Duo」で、大容量版が「メモリースティックXC Duo」(最大2TB)、容量と転送速度の両方を上げたのが「メモリースティックXC-HG Duo」である。
ややこしいようだが、現在販売されているメモリースティックはすべて「Duo」と考えてよいため、PROの有無は気にしなくてよい。HGが高速化、XCが大容量化を意味し、XC-HGは両方を実現している。
PRO以降のメモリースティックには、小型機器用の規格「メモリースティックマイクロ」がある。こちらにもHG、XC、HG-XCが存在する。
初期のメモリースティックでは、著作権保護技術「MagicGate」に対応しない製品が存在したが、現在はMagicGate機能標準搭載で統一されている。
メモリースティックは、スマートメディアよりも安定していること、コンパクトフラッシュよりも小型であることで注目を集めたが、SDカードが登場してからは苦戦が続いている。
例えば、以前のソニー製ノートPCにはメモリースティックスロットのみが搭載されていたが、最近はSDカードとメモリースティックの両対応である。また、デジタルカメラにもメモリースティックとSDカードのいずれかが使える製品やSDカードのみ対応の製品が増えている。



















