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【解説】
「GPUコンピューティング」の可能性――高速汎用計算に挑む
GPUの汎用的な計算処理への応用で、ベクトル型HPC市場を切り開くか
(2008年06月30日)
日本のHPCの低迷とHPC分野でのGPU活用
主に計算機として利用されるHPCは、大型になればなるほどその製造と取り扱いにおいて、製造側である“計算機屋”(ベンダー)と利用側である“計算科学屋”(ユーザー)が混在する集団が形成される。そのような中、低消費電力(正確には低消費エネルギー)を考慮に入れなければ、現在のエレクトロニクスの技術水準では、計算科学屋が望む性能を持ったHPCは造れない。特に本稿では、GPUコンピューティングの解説を通し、計算機屋と計算科学屋の懸け橋の役目を果たすことも目的としている。
そもそも、北海道から九州に至る各大学の大型計算機センターは、国の研究機関を中心に、本来であれば地域色を出していくべきなのであるが、最近では、HPCが何に利用されているのかよくわからないまま存在している。言葉は悪いが、日本国内においては、HPCのパワー・ユーザーの凋落ぶりはかなり悲惨な状況だと言える。計算科学屋がHPCを積極的かつ賢く取り扱えていないのか、それともHPCのベンダーがこれまでよりもすぐれたHPCを設計・構築する元気がないのか不明だが、いずれにしても低調である。
パワー・ユーザーである計算科学屋は、アプリケーションに対してもっと積極的にアルゴリズムの改良を施し、プログラミング・モデルを正しく理解してすぐれたプログラムを作成していかなければならない。現状のHPCで間に合うというようなケチな範囲の計算ではなく、強力な計算力をもってシミュレーションを実行するために、どれくらいの規模のHPCが必要かということを明確にすべきである。
これは、予算申請額の上積みを要求するといった単純な話ではなく、低価格で強力な計算力を有するHPCの設計・構築を、計算科学屋としてベンダーに対し促すべきだと言っているのだ。現在の大型計算機センターやベンダーにこうした意識があるのかは、はなはだ疑問である。
NECのHPCシステム「SX-5」をベースとした「地球シミュレータ」が世界に衝撃を与えた2002年、時を同じくして米国ではHPCの開拓が強要された。その結果、HPCの競争がただならぬ状況になり、その後はHPCの世界「TOP500」リストに日本勢が入り込めなくなってきた。そもそも、2002年の時点でTOP500リストに入るような日本のHPCは、NECのSXシリーズを除いて、ほとんど見あたらない状況となっていた。
1996〜1997年には、上位100の約3分の1を日本のHPCが占めていたが、最近では日本のHPCユーザーは10%を切ってしまっている。この理由は、予算が削減されたわけではなく、日本のHPCを設計・構築・販売するNEC、富士通、日立製作所に供給能力の低下が生じているからだと言えよう。
過去、国内ユーザーは、これら3社の開発計画に併せてHPCを導入してきた歴史がある。ところが昨今では、HPCを利用する国内ユーザーが減少している。これは、CPUの高性能化と低価格化が進み、汎用的なCPUでも十分な計算能力が実現されるようになってきたことも大きく影響している。
このような流れの中、東京大学、京都大学、筑波大学において、米国のCPUベンダーであるAMDのプロセッサを用いて構築したHPCが導入された。国内ベンダーの現況を見ていれば、こうした動きは最適な計算環境の構築という見地からうなずける部分がある。
ただし、ここに来てHPC市場に変化が起き始めている。HPCで結果出力の役割を担う、コンピュータ・グラフィックスの高速処理技術から生まれたGPUが高性能化し、HPCへの“親孝行”といった格好で功をなす状況になってきた。その結果、GPGPUやGPUコンピューティングという概念が注目されるようになってきたわけである。
GPUの起源と進化
GPUは、1970年代のグラフィックス・コントローラがそもそもの始まりである。当時は、きわめて単純な図形の描画やデータ転送を支援する程度の性能しか持っていなかった。
しかし、近年のGPUの進歩は目覚しいものがある。その性能は、半導体の性能向上ペースの指標となる「ムーアの法則」を上回る勢いで向上しており、新機能も登場し続けている。その一方、ポリゴンで物体を表現して奥行き判定を行い、隠面消去を実行するという画像処理方法は、今も昔も変わっていない。
現在、GPUとして広く利用されているグラフィックス・ハードウェアは、米国SGIの創業者でStanford大学教授のJim Clark(ジム・クラーク)氏が、1981年に発表したジオメトリ処理を行う「ジオメトリ・エンジン」がその原型だと言える。ジオメトリ・エンジンを発展させ、現在のグラフィックス・アーキテクチャを確立したのは、Clark氏の教え子であったSGI共同創業者のKurt Akeley(カート・エイクリー)氏である。
Akeley氏は、1986年に発表したワークステーション「Silicon Graphics 4D」シリーズで、3次元物体の表面を三角形で表現し、頂点を2次元座標に変換した後、三角形内部を塗りつぶしながら奥行きバッファ法(Zバッファ法)による隠面消去を行う手法を実現した。その後は、画像処理速度の向上という形でグラフィックス・ハードウェアは進歩し続け、現在に至っている。
1986年以降のイノベーションと呼べる質的な進歩は、1990年に発表されたワークステーション「Silicon Graphics VGX」で実現されたリアルタイム・テクスチャ・マッピング技術や、1990年代後半から台頭しだしたPCベースのグラフィックス・ハードウェア、2001年に発表された米国NVIDIAによるプログラマブルGPU、そして2007年から本格化しだした汎用的な計算へのGPUの応用、つまりGPUコンピューティングが該当するだろう。
グラフィックス・ハードウェアの1990年以降における性能の伸びを見てみると、ワークステーション向け(1990〜1998年)とPC向け(1999〜2004年)のそれぞれにおいて、1年で約2.3倍ずつ性能が向上しており、ムーアの法則を上回るスピードで進歩していることがわかる。



